2008年08月22日
どうして、パートナーの愛情が受け取れないの?
今回のメルマガ |
こんにちは。北端です。 お盆休みも終わり、そろそろ普段の生活に戻った頃でしょうか。
私は先日、友人からもらった自転車の手入れをしました。ずっと、放置していたのですが、タイヤの空気が抜け、鍵がさび付いていました。(笑) 夏の日差しの中で、自転車を直していると、汗が一杯出てきましたが、とても気持ちよかったです。
私は普段、心を扱う仕事をしているので、こうして体や指先を使うのは、心身のバランスをとるのに、とても大切です。 心と体のどちらか一方ばかり、使っているように感じるなら、普段使っていないほうを使ってみてください。すると、不思議とバランスがとれてきます。
さて、今日は、出版のお知らせがあります。 このメルマガ、「恋のギフトを掴む人 恋の罠に落ちる人」が電子出版されることになりました。 創刊号から約1年分のメルマガが書籍になり、携帯でいつでも読めるようになりました♪
旅のお供に、一緒に連れて行ってあげてください。(笑)
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どうして、パートナーの愛情が受け取れないの?
今月は、パートナーシップをテーマにカウンセリングをしているためか、読者の皆様から色々と感想や質問のメールを頂きます。
幸せなパートナーシップを二人で築きあげるには、お互いに与え、そして受け取るということが大切ですが、それを阻む罠もたくさんあります。
その罠についての質問を頂いたのでお答えしたいと思います。
| 質問してもいいですか。過去のメルマガを読みました。 何故感情的なものの自己嫌悪はおきるのですか。親密になることの恐れもあります。自分は悪というイメージがあるようです。どうしてこうなったのでしょうか。 簡単でいいのでよろしくお願いします。 N.O |
N.Oさん、こんにちは。メールありがとうございました。 過去のメルマガも読んでくださったとのことで、とても嬉しく思います。
・どうして、自己嫌悪が起きるのか
・なぜ、愛する人と親密になるのが怖いのか
・自分は悪だというイメージがあるのか (言葉を変えれば、私はダメだ、価値や魅力がない)
この3つは実は、すべてつながっています。このお話をするには、子供時代に遡るとわかりやすいので、子供時代のお話からはじめましょう。
私たちは生まれたときには、自己嫌悪やコンプレックスを持たずに、生まれてきます。赤ちゃんが、
「私は鼻ペチャだから、きっと誰にも愛されないでちゅ~」
なんて、言いませんよね。(笑)
何が良くて、何が悪いのか、何が愛されて、何は愛されないのか。そういった観念を持たずに、私たちは生まれてきます。
生まれたばかりの頃、赤ちゃんの意識は、母親(場合によっては父親)とすごく結びついています。簡単に言えば、自分と母親の区別がありません。それが、成長するにしたがって、
「私は、私で、お母さんは、お母さんで、別々の人間なんだ」
ということがわかってきます。そして、このときに分離感を感じるのです。
生まれる前は、お母さんのお腹の中にいたので、まさに、母子共に一体だったわけですが、生まれてきたことで、肉体的に分離し、成長するにしたがって、それがどんどん明確になってきます。
そして、この分離が感情的な痛みの感覚、寂しさや不安、孤独感をもたらします。
たとえば、小さい子供は、父親や母親にべったりくっついているのが大好きです。それは、親密感、一体感を感じたいからです。公園で砂場で夢中になって遊んでいる子供が、ふと我に返り、ベンチに座っているお母さんを見てほっと一安心して、また遊びだす。これも、分離感が一瞬、襲ってくるからです。
そして、自立するにしたがって、親子関係がどんどん分離して、どんどん遠くなっていきます。そのときに、寂しさや不安を感じているわけですが、そんなことを言っていても仕方がないので、その感情を抑圧して封印してしまうんです。それが、「大人になることだ」というふうにも感じます。
大人になってから、パートナーとの関係で、寂しさや不安、孤独感を感じたくない人は、家族関係や幼児体験的に、この分離感がとても大きな痛みを伴った、そんな経験を持っている人がたくさんいます。
すると、感情的にはどんなふうになっているのかというと・・・
日常的には感情を抑圧・切り離して、平気な気分 |
分離による寂しさ、不安、痛み |
親密感・一体感 |
こんな階層構造になっています。
日常的には、
「寂しくないもん」
「パートナー(親)がいても、いなくてもどっちでもいい」
「パートナー(親)が連絡してこなくても、どうせ、また仕事で忙しいんでしょう」
という感覚で生きているわけですが、その下には、
「だって、側にいて欲しいと望んでも、叶わなかったら寂しいじゃない・・・」
という痛みが隠れているわけです。 つまり、過去に親密感を喪失した私たちは、
「欲しいと思っていたから傷ついたんだ。だったら欲しいと思わなければいい・・・」
と諦めている部分があるわけです。
この感情の力学が大人になっても残っていて、愛される恐れを作ります。
愛される恐れと言うのは、
「一度手に入れても、いつか、失ってしまうんじゃないか」
「そんな喪失感には耐えられない・・・」
というような不安のことです。
私たちは、過去の人生の中で、たくさんの愛情や親密感を喪失する体験(家族関係、過去の男女関係での失恋、友人や大切な人の喪失など)、もしくは「喪失した」という誤解を持っています。
その体験が、今も心の中の潜在意識の中に眠っていて、親密感を感じそうになったときに、「また失うかもしれないよ~」という恐れも同時に引き連れてくるのです。
これは、失恋をした後に、「またふられるんじゃないか?」「また、お前の○○○がダメだ!って嫌われるんじゃないか?」と不安になるのとよく似ています。
そして、自己嫌悪やコンプレックスと言うのは、親密感を失う恐れ、そして分離感から出てくる愛情への誤解からやってきます。続きは、次号でお話をしますね。
それでは、あなたにたくさんの幸せが訪れますように!
北端 康良
■編集後記 体感 |
山手に住んでいるので、先日からクーラーいらずで眠れるようになった今日この頃です。そんなある朝、湿っぽい風に違和感を覚えて目覚め、ニュースを見ると、昼から雨が降るとのこと。体の感覚ってすごいですね。 |
投稿者 yoshi : 2008年08月22日 18:30
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