2006年07月05日
セックスと罪悪感
今回のメルマガ |
こんにちは、北端です。 前回のメルマガへのご感想ありがとうございました。岩タイプ・エリート、プレイボーイタイプについての内容に共感いただける読者の方から多数、メールを頂きました。
小さい頃から、感情を押し殺して、表現しないことが良いことだと教えられるので、男性の多くは「岩タイプ」なんですよね。これは日本人だけに限ったことではありません。たとえば、カウンセリングが普及しているアメリカでは、ドラマや映画にもカウンセラーが出てくるので、カウンセリングを受けるのが日常的なことだと思われていたりします。
実際に、日本よりは数段進んでいて、受けやすい環境ですが、アメリカ人の中にも、「カウンセリングを受けるなんて、そんなことはできない!」と思っている人は一杯います。
感情ってすごくもろいものですから、慣れていないと、表現するのにすごく勇気がいるんですよね。私も昔、そうだったのでよくわかります。
岩タイプ、プレイボーイタイプ共に、心を開く、感情を表現することにすごく恐れを持っています。そういう人が心を開くきっかけがいくつかあります。よくあるのは
(1)彼の前に、感情表現豊かなパートナーが登場した時
(2)彼の前に、自分の痛みよりも大切なパートナーが登場した時
(3)彼の恐れを包み込み、彼に安心感を与えられるような母性の強いパートナーが登場した時
(4)パートナーが彼の元を去っていった時
私の知っているところでは、このあたりが一番ポピュラーなきっかけです。
一番してはいけないことは強制することです。このタイプは、無理やりこじ開けられるようなアプローチをされると、さらに頑なになってしまうことが多いんです。ただ、(4)の場合は、必ず別れ際のケンカがあるので、そういう結果になってしまうことも多いですね。
男女関係は二人がお互いにどれだけ向き合っていくのかが、大切な要素です。片方だけが向き合っても、相手が向き合っていないと、追う、追われる関係で、男女関係は深まりません。
自分が追いかけすぎの部分ではパートナーを信頼して待つことを、自分が向き合っていない部分では、向き合ってくださいね。
それと、前回のメルマガに間違いがありました。ご指摘を下さった読者のみなさま、ありがとうございます。間違いの部分は、前回のメルマガの本文、冒頭の、
相談に登場する彼や映画「グッド・ウィル・ハンティング」に登場するマッド・デイモン演じる主人公のような「沼タイプの男性」は、子供時代に異性の親との間で心の傷があったり、初恋で大失恋をした人が多いというお話をしました。
そして、過去の親子関係や失恋の心の傷を封印して、その上に「自立」という偽りの強さを作り上げるわけです。
この箇所です。赤字部分、「沼タイプの男性」ではなく、「岩タイプの男性」です。ごめんなさい。m(..)m まったく正反対の書き方になっていたので、混乱された方もいるかと思います。岩タイプと修正して、読んでくださいね。
では、お待たせしました。今回のメルマガを始めましょう! ⇒ バックナンバーはこちら
| ★セックスと罪悪感 |
前回のメルマガへの感想を読むと、首をなが~くして、この1週間、のセックスと罪悪感の内容を待って頂いていた方もいらっしゃるようです。(笑)
セックスはとても関心のある内容ですが、なかなかおおっぴろげに話せない方もいますよね。でも、男女関係でもっとも大切な要素の一つです。
今回のメルマガは、前々々回(2006/06/15発行号)、前々回(2006/06/21行号)、前回(2006/06/28発行号)のメルマガの読者相談の続きですので、今回から購読された方は、バックナンバーもご覧下さいね。
※いただいた質問メールは文面がそのまま掲載されますので、ご了承ください。
さて、一連のメルマガで、岩男タイプとプレイボーイタイプの男性のお話をさせていただいておりますが、彼らの深層心理には「罪悪感」というものが横たわっています。ですから、彼らは深層心理では「私が悪いんだ」「私が間違っているんだ」「だから、私は存在してはいけないんだ」「人のそばになっていないほうがいいんだ」という感覚を感じています。すると、自らその場を去っていったり、去らなきゃいけないような状況、問題を起こしてしまうんです。彼らだけではなくて、この種の感覚は程度の差こそあれ、誰もが持っていますが、こういう心理状態を「孤児のマンインド」と呼びます。
今回は、そういった感覚とセックスが一体どんなふうに関係するのかということをお話したいと思います。
罪悪感が強い人の中には、セックスが苦手、セックス関連で問題を抱える人が多いんです。セックスは社会的に抑圧されています。昔に比べればずいぶんとオープンになりましたが、それでも、オープンにしてはいけないもの、隠さないといけないものという感覚があります。
セックスへの罪悪感が強いとセックスできなくなります。だって、やっちゃいけないことですから。たとえば、小さい頃に、両親がセックスをしている場面を目撃してしまった。そんな子は、両親が、いつもの優しくて、愛情溢れる人ではなく、何か怖く、邪悪なことをしている、獣のような存在のように感じます。そして、「見てはいけないものを見てしまった」そんな感覚を持ったまま、大人になる人もいます。
すると、自分もできなくなってしまうわけです。ディズニー映画をセックスの話題に引用するのはちょっと気が引けますが(笑)、「美女と野獣」という物語にはそういう側面もあるんです。あの映画では、当然ですがセックスではなく、「暴力的な男性」という要素を「野獣」というキャラクターで表現しています。これは男性がパワーを持つことへの恐れを表している側面もあるんです。
パワーに対して罪悪感があると、パワーを持つことを禁止します。たとえば、父親が威圧的で、価値観を押し付けてくる、暴力的だった場合、「自分はああはならない」と誓うので、男性的なパワーをも拒絶し、中性的な男性、優しい男性、女性的な男性になる男性も一杯います。
罪悪感の強い男性からすると、「セックスする=女性を傷つける、いじめている、冒涜している、虐げている」そんなふうに感じている人もいます。
たとえば、日本でもアメリカでもよくあるのは、両親がこの種の感覚を強く持っていると、「セックス=何か邪悪で、暗くて、見てはいけないもの」という感覚を持つんです。すると、子供は怖くなって目をそむけるか、逆に、すごく興味をもつのか、極端に言うと2つに別れます。
また、こういう人もいます。結婚前はできても、結婚後はできない。妻や夫とはできないけど、別の人とならできる。これも、セックスへの罪悪感があるからなんです。
「仕事とセックスは家に持ち帰らない」なんてジョークをいった人もいますが、これは、夫婦関係は清く正しい関係という観念からやってくるわけです。
では、次回も「セックスと罪悪感」の続きをお話します。
みなさんにたくさんの幸せが訪れますように!
カウンセラー 北端 康良
■編集後記 3カ国旅行に行ってきました! |
| この2週間ほど休暇を頂いて、シンガポール、タイ(バンコク)、マレーシア(ペナン島)へ旅行に行っていました。1回の旅行で3カ国も周ったのは初めてです。各国に友人がいて、バンコク以外では、友人宅に泊めてもらいました。 今回、改めて思ったのは、「迎えてくれる人がいるというのはこんなにも嬉しいんだ」ということです。 |
投稿者 yoshi : 2006年07月05日 16:18
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