2005年09月22日
「授かる」 億万長者に弟子入りして成功する方法
執筆が一段楽して、ようやく読書欲が再燃しました。いつものことなのですが、読書欲に火がつくと、図書館や本屋さんで本を何十冊も仕入れてきて一気に読みます。(笑)
その本の中に、本田健さんが翻訳した「億万長者に弟子入りして成功する方法」があります。

著者のスティーヴン・スコットは、6年間で9回失業してしまうダメ・サラリーマンだったのですが、すばらしいメンターと出会い、信じられないような奇跡的成功を実現しました。彼は、数千億円の売り上げをあげるテレビ通販ビジネスを作り上げ、成功者の仲間入りを果たしたのです。
そんな彼が成功にたどり着くまでの秘訣を紹介しているのですが、この本を読んで、一番、印象に残った言葉がこの「授かる」という言葉です。
「授かる」というの言葉は日本語では、一般的な言葉でいままでまったく気づきませんでしたが、よく考えてみると私たちはたくさんのものを授かって生きているのかもしれません。
「授かる」ということで言うと、「子ども」がそうですよね。「子どもは神様からの授かりもの」とよく言われます。子どもだけではなくて、両親、兄弟姉妹、パートナー、友人、働いている職場などの出会い、お金、知識や技術、特技、才能、私たちの人生や時間そのものも、実は授かっているだけなのかもしれません。
ヨーロッパの富豪はこんなふうに言うそうです。
「私は自分では使えきれないほどの富を手に入れたが、この富は私のものというよりも、私が一時預かりしているだけだ。それが世の役に立つための仕事を任されているに過ぎない」
日本でも、伝統的な地主、名士、武将、領主たちは、そのような精神を持っていたから尊敬を受けていたのかもしれませんね。
もしかしたら、私たちは
「神様、ありがとうございます。私はこんなにもたくさんのものを授かって生まれてきました。それが、沢山の人の幸せに役立つように、一生懸命、人生を有意義に過ごします」
そんな宣言や約束をして、私たちは生まれてきたのかもしれません。
そんな宣言や約束を思い出すことが、ライフワークへの近道であり、人生の目的なのかもしれません。
投稿者 yoshi : 2005年09月22日 23:07
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コメント
聖書に出てくるお話を思い出します。
主人が3人の家来にそれぞれ5タラント、2タラント、1タラント預けて旅に出るという話です。
「タラント」とは当時の通貨で、Talent=「才能」の語源になったのだそうです。
5タラント預かった家来はそれを元手にもう5タラント儲けて10タラントにし、2タラント預かった家来はもう2タラント儲けて4タラントにして、帰ってきた主人に返します。 主人は喜んで、この2人にもっと沢山のお金を預けます。
しかし、1タラント預かった家来は「怖くなって」そのお金を、地面に穴を掘って隠してしまいます。 そして主人は、彼に預けた1タラントをも取り上げてしまいます。
私はクリスチャンではないのですが、以前から不思議に思っていたことがあります。
この1タラント預かったのに隠していた家来が、主人に言い訳するシーンで、「あなたは蒔かないものを刈り取り、預けないものを取り立てる方だと知っていたから怖くなったのです。」と言うのですが、どうしてこの家来はそう知っていながら、他の家来のように頑張ってお金を増やそうとせず、ただお金を隠しておいたんでしょう? 見なかったことにしようとしたのかな?
投稿者 ぽこ : 2005年09月22日 23:45
このコラムはすばらしい気づきをもたらせてくれます。
しかし、気になったというか非常に残念だと思うのは、
授かる の中に パートナーという言葉が入っていませんよね。
恋愛の本を書かれている北端さんが一番大切なパートナーの事をかかれていないのは残念でした。
最近は、多くの親子・恋愛に限らずビジネスや人生全般についてもコラムを書いてくれていますが、私は北端さんのプロフィールを読んでとても感銘し、こういうパートナーシップがほしいと痛切に思いました。後、奥さんのカウンセリングも何度とお世話になり、とても心のこもったサポートをして頂き、女心や私自身を肯定的に且つ、冷静にアドバイス下さりどの本よりも学びとなっています。今は静養されているとの事ですが、
以前のようにコラムを通してお二人の様子やパートナーシップを今後も私たちに教えてください。
投稿者 Anonymous : 2005年09月23日 14:20
こんばんは、コメントありがとうございました。
ぽこさんの聖書の引用、すごく考えさせられました。一つの解釈ですが、この家来は、奪われる恐れから隠したのかもしれません。人は奪われると感じると、隠してしまいますからね。守りに入るという感じです。私も、もう少し考えてみようと思います。
匿名さん、パートナーが抜けていると指摘してくださってありがとうございました。自分では書いたつもりだったのですが、すっかり抜けていました。おかげで、追加することができました。ありがとうございました!
投稿者 北端 : 2005年09月23日 22:32
北端先生、こんばんは! お返事いただいて嬉しいです!
そうですよね、「奪われる恐れ」ですよね、その一言で何だか今までの疑問が一気につながった感じです!
うろ覚えの引用なので、機会があれば是非原典を読んでみてくださいね。 マタイ25章です。
主人は、ただお金を預けただけで、「いいか、これでしっかり儲けとけ! ガッツリ取り立てるからな!」とか言っていないんですよね。
5タラント預かった家来と、2タラント預かった家来は多分、「うわあ!こんな大金を任されちゃったよ! 大切にしなきゃな。 そうだ! ただ預かっておくだけじゃなくって、これを元手に増やせちゃったりなんかしたら主人さまも喜んでくれるだろうなぁ!」って感じで、主人が喜んでくれるのを楽しみに、増やしたんだろうな、って思うんですよ。 主人が帰ってきたときにふたりとも、「見てください、ご主人さま! 増やしましたよ!」って何だか嬉しそうなんですよね。
1タラント預けられた家来って、上のふたりに比べるとヘンに頭がいい感じがするんですよ。 「預けないものを取り立てる人だ」ってところまでは考えているわけじゃないですか。 ただこの家来が大勘違いしていたことは、「預けないものを取り立てられる」んではなくって「預かったものを返したらもっともっとたくさんになって帰って来る」だったんですよね、本当は。 でも、「預かっていない分まで取り立てられるんだ」って怖くなっちゃったら、本当にその恐れの通りになっちゃったんですよね。 「恐れ」って、ヘンに頭が良くって未来のことをごちゃごちゃ考えられるけれども、結局一部分しか見えていないときに起こるんですね。
今思うと、聖書って、いつも素直な者勝ちなんですよね。 どんな嫌われ者でも罪びとでも、イエスに会って「嬉しい!」とか「助けて!」とか素直に訴える人は必ずイエスに招かれたり癒されたりするんですよ。
その後、嬉しくてその話をみんなにするんですよ。
今回はありがとうございました。
投稿者 ぽこ : 2005年09月24日 02:43
「授かる」ですか・・・とてもスピリチュアルな感じですね。今まではそのようなことに不信感を抱いていた私が、今は信じ始めているので不思議です。もっともっと信頼、受け取りを通じて、真実の愛を体感したいものです。
「授かる」と入力しようとして間違えて「さかる」と打ってしまった自分に笑ってしまいました(^-^)
投稿者 kuri : 2005年09月27日 09:30
こんにちは、成功おたくと申します。
「本田健」というビッグネームに期待して手にした本ですが、得るものが大きかったですね。
人生で成功するためには、緻密な戦略が必要だということですよね。
トラバさせていただきます。
それでは失礼します。
投稿者 成功おたく : 2005年12月10日 15:49