2005年08月31日
「正義」という名の犠牲の罠 映画「リクルート」

私はアル・パチーノの大ファンで、彼が出演する映画はほとんどすべて見ています。アル・パチーノを好きになったキッカケは、映画「ゴッド・ファーザー」なんですが、クールで影のある役柄を演じさせると本当に素晴らしいですね。(ゴッド・ファーザーが好きなカウンセラーもあまりいないかもしれませんが・・・ 笑)
映画「リクルート」では、CIAのスパイ候補生のリクルーティング及び教育、育成をする主席教官の役柄でした。彼は映画の中でスパイ候補生を前にして次のようなセリフを言います。
「なぜ、ここに来たのか? ここにいるのか?」
「目的は金じゃない。私の年収は7万5千ドル程度だ。まともなスポーツカーも買えない」
「目的はセックスでもない。CIAだからってモテない」
「じゃあ、名声は?」
「失態は報道されるが、成功が知られることはない。CIAのモットーだ」
「もし、世界を救えば、ランングレーにある本部の地下でおやつをくれ、メダルを見せてくれる。家には持ち帰れない」
「金、セックス、名声でないなら目的は?」
「我々が今、こうしてここにいるのは信念があるからだ」
「我々は善悪の存在を信じ善を選ぶ。正邪の存在を信じ、正を選ぶのだ」
「我々の大儀は正義だ」
彼は社会正義のために立ち上がったヒーローですが、その結果、個人正義のために国家を裏切り、自らを破滅に追いやってしまいます。
それは、彼が現場のスパイ活動からはずされた時に決定的になりました。
彼にとっては、「現場で働き国家のために貢献する」その目的のために、時間、金銭、名誉、個人の幸せをずっと犠牲にして働いてきたのでしょう。しかし、第一線をはずされたときに、今まで自分が一生懸命働いてきた目的がポキッと折れ、人生が音を立てて崩れていったのです。
そして、今までの犠牲に見合うだけの金を手に入れようと思い、国家を裏切り、国家機密を売り渡そうとしてしまうのです。
これは「国家に人生の目的を奪われた」と感じたことから「じゃあ、次は俺が奪ってやる」というふうに感じたからです。
正義という名の下に、犠牲をし続けた彼が、不正を犯し、正義によって制裁されるのは皮肉としかいいようがありませんが、こういったパターンはよく見られます。
「今までパートナーのために尽くしてきたのに、裏切られた・・・。だから復讐してやる」
「今まで会社のために家族を犠牲にしてきたのに・・・」そう思って会社のお金を横領してしまう。
犠牲の中には、無価値感が隠れています。 アル・パチーノが演じる登場人物も、個人の幸せを追求する自信のなさからハードワークという中毒にかかっていたのかもしれません。
反逆者や裏切りの芽はこういった犠牲という美徳の中にも隠れているのです。
一見、あなたから見て、とても愛想がよく、与え上手な人が実は犠牲のパターンを持っていて、ある日突然、縁が切れてしまうこともよくあります。一般的な例では、みんなの模範になるような真面目な社員が、ある日突然会社に来なくなったり、突然辞表を出したり・・・。こういったケースも今まで犠牲し、我慢してきたけれど、もう限界だ!というところからくるのです。
そこには「しんどいな~」「辛いな~」「我慢したくないな~」と弱音を吐けない部分があるのです。
弱さや社会の影(シャドー)を否定し、正義感に燃える人の心の中には、この種のシャドーが無意識のうちに隠れているケースがあります。夢に燃えるビジョナリー・リーダーの汚職はまさにその典型例です。
私たちが自分の心の中にある弱さや他人に投影している抑圧した心の一部分(自分に禁止したもの:シャドー)を統合すれば、この種の問題を解決することができます。
今日はこんなエクササイズをしてみてください。
・私が苦手な人、嫌いな人をイメージする
・その人のどんな部分が嫌いなんだろう?
・その要素はあなたの心の中の抑圧された自分です
・その自分を攻撃するのではなく、いたわって、愛してあげましょう
・その自分が、あなたの心と完全に統合されるようにイメージしてください
シャドーを統合することは、世の中が今以上に幸せで平和になる最高の方法の一つです。
※念のため、書いておきますが、犠牲が悪いと言っているのではありません。そこに「期待」が隠れていると、犠牲に見合ったものをもらえなかったとき、裏切られた気持ちになり、自分が裏切り者、復讐者になってしまうということです。そうならないために、感情に責任を持ち、「私が選択した」という意識をつねに持っていることが大切です。
投稿者 yoshi : 2005年08月31日 17:21
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://1style.sakura.ne.jp/cgi/mt-tb.cgi/240
コメント
アル・パチーノいいですよね!
『セントオブウーマン~花の香り~』
も最高です!もしまだみてなければぜひどうぞ!
僕の人生の中の最高の一本です(^^)
投稿者 たかとう : 2005年09月01日 17:07
「セント・オブ・ウーマン」は大好きな映画の一つです。あのアル・パチーノもすごくかっこいいですし、シナリオが最高ですよね。人生の死に直面する退役軍人がいかに生や情熱を取り戻すのか? デッド・ゾーン(人生の倦怠期)からの復活を見事に描いた作品です。今度、会ったら映画談義しましょう!
投稿者 北端 : 2005年09月01日 20:20
私は、つい模範を演じてしまいます。人から見て好かれる人。これが、無意識に絶対と考えてしまうので、他の人が間違えたり、人が嫌であろう事をしたら、それを見て内心喜んでる自分がいます。そんな自分はすごく嫌だし、人が好きであろう自分を演じるのは疲れます。私は今まで、人に好かれるのが自分でいうのもなんですが、自慢でした。でも、これって、人中心で、自分ってもんがないのです。きっと、犠牲にしてるもの、抑圧してるもののなかにあるのでしょうと、このコラムを読んで思いました。犠牲にしてたものを許し出すのって、難しいんです。少しずつ出していって、自分も人も許せる自由な人になるのが夢です。少しずつ。昨日、祖父がなくなりました。なので、よけいに、みんなに好かれるのに一生懸命で終わる疲れる人生より、自分が楽な人生を送りたいなと思いました。パチーノが言った、信念ってやつ、持ちたいです。
投稿者 さやえんどう : 2005年09月08日 01:46