2005年04月01日
痛みの下には才能がある!
私が勤めている会社で発行しているHealing Styleという冊子があるのですが、先月、そちらに「才能に溢れる~受け取ること~」について書きましたので、今日はその原稿をご紹介します。
- Healing Style - 2004年3月発行
こんにちは、北端です。カウンセリングを受けたり、心理学を学び始めると「痛みの下には才能がある」ということをお話しすることがあります。「痛み」という言葉がぴんとこない場合は、「悩み」「問題」という言葉に置き換えて見てください。「問題や悩みの下には才能がある」ということですね。
これは前回お話した、私たちがもっている才能やそこから出てくる「役割」や「義務感」といった問題にも近い内容です。
※前回の記事はこちらに掲載しています。
http://www.counselingstyle.com/archives/2005/01/post_263.html
心の中では痛みと才能というのはコインの裏と表のようにくっついていることがよくあります。
そして、痛みをもったり、経験することで私達は自分の才能やビジョンといったものから分離していくわけです。
[心の層] 痛み(トラウマ)↓ ------------ ↓ 才能、ビジョン ↓
この世に生まれてからのお話で説明をすると、赤ちゃんとして生まれてきた初期の段階では、私達は両親が大好きで、大好きで仕方がない時期があります。この時期は、両親がどんな親であったとしても嫌いになれない時期のことです。身の回りに子供がいる環境がある方はわかると思いますが、3歳くらいまでの子供は、親が大好きで「パパ~」「ママ~」と親にくっつこう、くっつこうとします。両親が急がして「今はダメ」なんて言っても、お構いないしにくっつこうとします。
この時代は、子供にとって両親は完璧な人に見える時代でもあります。両親を自分が欲しい、お菓子やおもちゃ、遊びに行きたい公園など、なんでも夢をかなえてくれる魔法使いのように感じています。だから、両親に問題や悩みがあるなんて思いもしません。
でも、成長するにつれてだんだんと親が悩みや問題があるんだということがわかってきます。もしかしたら、あなたにも経験があるかもしれませんが、両親がお金のことで悩んでいたり、親戚付き合いや、ご近所付き合いで悩んでいたり、仕事で悩んでいたり・・・。そんな光景を目にしたり、耳にしたりします。
すると、当然、子供は両親のことが大好きですから、「役に立ちたい」と思って助けようとするわけです。でも、子供は非力ですから、現実的に役立てることはほとんどないわけです。
たとえば、両親がお金に困っているという話を耳にしたとします。すると、その子は「パパとママがお金に困っているんなら、私が少しずつためた100円玉、15枚あるからこれをあげよう!」と思うわけです。
そして、「これあげる!」といって、両親にあげたとしても、お金の問題はなくならないわけです。
この時代、子供は子供なりに精一杯努力をして、一生懸命頑張るんですが、「役に立てない」という無価値感、「役に立てない自分なんて悪い子だ」という罪悪感、「役に立てない私なんて価値がない」という無価値感みたいなものを一杯感じるわけです。
そこから、「パパとママに迷惑をかけないように、何も欲しがらないようにしよう」「欲しいものがあっても我慢しよう」「それがパパとママを助ける方法だ」という感じで、我慢や犠牲、そして「良い子になったらパパとママの負担にならないな」というような補償行為というのが始まるわけです。
補償行為 ↑ 痛み(トラウマ) 罪悪感 ---------------- ⇒無価値感 才能、ビジョン 無力感 など
そして、我慢して、我慢して、自分を抑えて「パパとママのために」と思って生きていくんですが、それでも状況がよくならなかったときに、だんだんと腹が立ってくるわけです。
「こんなに我慢して、良い子になったのに、これ以上どうしたらいいんだ!」
「もう我慢できない!」
そして、パパとママに文句を言い始めるわけです。
攻撃 ← 怒り ← 補償行為
↑
痛み(トラウマ) 罪悪感
---------------- ⇒無価値感
才能、ビジョン 無力感 など
でも、このすべての始まりは、私達が自分の才能やビジョンから分離して、痛みや罪悪感などの感じたくない感情を感じないための補償行為を始めたところからやってきているわけです。
顕在意識では、「怒り」という感情があるかもしれませんが、その下には自分自身を責めている「自己攻撃」、罪悪感といった自責の念が隠されているわけです。
痛みやネガティブな感情はできるだけ感じたくありませんが、そういった感情の層を抜けていくと、そこには私たちを待っている才能やビジョンといったギフト(贈り物)があります。それは、昔々の子供時代の夢かもしれません。
家族の中であなたが体験した、つらかったことや悩み、問題は、あなたがこの人生でやり遂げたいと思っていた目的「この人を助けたかった」「こんな世界を作りたかった」を教えてくれるサインでもあるのです。
※両親との関係ではわかりにくいという場合は「両親」という言葉を大好きな彼/彼女や尊敬している上司、自分を愛してくれた先生や祖父母などにしてみるとわかりやすいかもしれません。
投稿者 yoshi : 2005年04月01日 11:28
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コメント
康良さん、こんにちは。今回のコラム、すごく納得させられました。罪悪感を感じたくないから補償行為をしたり、両親や友達を助けられないから無価値観を感じたり。その怒りをどこにも出すことが出来なくて、悩んでたり。私、みんなから明るくて悩みなんかなくていいねって言われて、笑ってたけど、この笑うってのがどうか嫌われませんようにっていう補償行為だったから、心の中はそれは本当の自分じゃないっていう怒りで一杯だった。今、自分を振り返る時間があってあのときは頑張ってたと思う。今はそのがんばって気づかないようにしてたネガティブな感情を感じて辛い。感じすぎてやる気がわかない。けど、その先には、才能やビィジョンがあるのを知って希望が沸きました。問題を解決するってどうしたらいいか分からないけど、感情とちゃんと向き合ってクリアにしていこうと思います。読んで楽になりました。どうもありがとうございます。
投稿者 みどり虫 : 2005年04月02日 11:20
お元気ですか?
このコラムを読んで、またまた感謝です。
”私は私の愛した人に愛される価値がもう充分にあります”と心の中の文章記述を、ようやく、いや、やっと心と頭で受け止めることができそうです。
長かった。お礼かたがたコメントさせて頂きます。
投稿者 hiro : 2005年04月04日 00:59
