2005年03月24日
終わりの目的 「葉っぱのフレディ―いのちの旅」
今日、久しぶりに図書館に行って、たまたま見つけた本です。
以前から知ってはいたのですが、読んだのは初めてでした。
哲学者、レオ・バスカーリア博士が生涯でたった一冊書いた絵本です。
私たちがどこから来て、どこに行くのか? 命や生きることの意味、死の意味、始まりと終わりの連鎖、人生サイクルが、とても感動的に綴られていてました。
まだ、読まれていない方は、ぜひご覧下さい。
投稿者 yoshi : 2005年03月24日 10:55
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トラックバック時刻: 2006年01月02日 00:20
コメント
北端さんこんにちは。私は、入院している時にあって読みました。私は、木や花、雲など自然のように生きたいと思ってた時がありました。自信を持って生きてる姿は素晴らしく綺麗だなと。人間だけは生まれてそのまんまの姿で生きられない。変化が早く、生きる道も自分で見つけていかなくちゃいけない。考える生き物だからたくさん迷うし。フレディのように自分の生き方に自信を持って、いい仲間に恵まれて、自分の人生をまっとうしていく。そう言う生き方が出来たとき悔いはないって思えるんだろうなって感じました。人間は迷い道が多いから、多くの人は寿命が長いわけで。その長い人生の中でそうした悔いのない生き方を見つけていきたいと思いました。死というゴールがある中でそこまでの道のりをどうしていくか。人生も四季と同じ。いや、それは、人間の場合人次第。うーん、人間とは難しい生き物です。。。けど、たくさんの可能性を秘めた生き物です。
投稿者 みどり虫 : 2005年03月24日 15:44
そうですね。あの本を読んで「死」について思ったのは、死は死ではなく、次の再生のプロセスの1つだということなんです。
はっぱのフレディが枯れて落ちて、でも土に返って、次の生命の礎になって、再生する。そういう一連の流れの中で生きているんだなと。今の自分という人間は死を迎えることで終わるかもしれませんが、その一部は引き継がれていくのかと伝えられているような気がしました。
投稿者 北端 : 2005年03月24日 15:55
引き継がれる。。。そうですね。少なくとも家族には引き継がれる。相田みつをの「いのちのバトン」という詩にありました。先祖がいなければ、両親がいなければ、今ここにいなかったのだと。前世ってのもあるように、いのちのバトンは繋がってるのかもしれませんね。その中で、昔の偉人さんってすごいですね。昔の人なのに今も教科書や伝記でずっと引き継がれている。遺跡や文化も昔作ったものなのに残ってる。ずっと先の未来には、今のこの生活が残るのかな。自分が生きた証が残るのが本望ですね。一人一人に伝記が残るとしたら、人それぞれ、夢のあるおもしろいものができると思うのにな。
投稿者 みどり虫 : 2005年03月25日 12:08

