カウンセリングと心理学で「理想の仕事と恋愛、結婚、夫婦関係」を手に入れる!RSS  

2004年07月14日

家族の役割~家族心理学~

家族心理学の分野では、家族ができると必ずといっていいほど、家族メンバーそれぞれがある役割を無意識的に演じあうということが言われています。しかも、信じがたいことに、その役割を演じることについて、家族のメンバー同士で無意識の同意があると言われています。もし、自分が気づかないままに「家族の役割」を演じているとしたら・・・。家族の役割を知ることで、家族を理解し、役割から解放されましょう。

では、まず家族の主要な役割をご紹介します。家族の役割には以下の5つがあります。※1


(1)ヒーロー役

ヒーロー役とは、自分がヒーローになることによって家族を救おうとする役割です。このタイプは早くから自立します。そして、家族のヒーローになります。周りの人から見ると光り輝き成功しているように見えるのですが、本人はまったく余裕がなかったり、プレッシャーに押しつぶされそうになっていたり、失敗感の上に自立した自分を保っています。そのプレッシャーに耐え切れなくなったヒーロー役は後述する問題児、ロストチャイルド役になることもあります。
家族の中の大人や長男長女がこの役割につくことが多いです。


(2)殉教者役

殉教者役とは、自分が家族の犠牲になることで家族を救おうとする役割です。ですので、必ずと言っていいほど、殉教者役は幸せや成功を受け取りません。自分が損をすることで、自分の人生を捨て去る代わりに誰かを助けたり、幸せにしたり、成功させようとします。ドラマ「おしん」、漫画「巨人の星」の長女などがその典型例です。
日本では母親、長男長女がこの役割につくことが多いです。


(3)問題児役

問題児役とは、自分が家族の最大の問題児になることによって、家族が持っている真の問題から目をそらせようとしたり、自身が問題の源となることで自分を生贄にして家族を救おうとする役割です。ヒーロー役を十分に果たせなかった、ヒーローになれなかったという自己攻撃や失敗感が強いメンバーがこの役割につくことが多いです。


(4)チャーマー/マスコット役

チャーマーとは、ユーモアを使っていつも家族を楽しませる役割のことです。家族を明るく、楽しませることで家族の重荷を解放しようとしています。だから、それができないときには大きな痛みを感じます。表面的には楽しんでいるようでも実はすごく気を使っていたりします。楽しませてない自分はダメだという感覚があります。

マスコット役とは、いつも家族から無条件にかわいがられる存在です。末っ子がこの役割につくことが多いです。しかし、本人は、自分には何か足りない、頭が悪い、能力がない、役に立たない、無価値だと思っています。無条件に愛されている理由がわからないのです。みんなは可愛らしい外見や無邪気な振る舞いが好きで、本当の自分は嫌いだろうと思っています。マスコットのようにいつも可愛く笑顔でいないと愛されないと思っています。


(5)ロストチャイルド役

ロストチャイルド役とは、家族から分離しているメンバーのことです。
「私なんて、家族にいないほうがいい」
という思いが強いために、いつも孤独で一人でいます。家族から離れることによって家族を救おうとしています。家族団らんをしているとき、いつもそこにいない。いつも部屋に引きこもっています。


そして、それぞれの役割を作るのは、

1-3 罪悪感、無価値感、犠牲 ⇒ 補償行為
3-5 不十分さ、愛される価値がない ⇒ 補償行為

という感情です。こういったネガティブな感情のために「役割」という義務(補償行為)を家族のメンバーそれぞれが背負っていくのです。


◎家族の役割は大人から子供へ受け継がれる

心理学を学んだり、セラピーの現場にいると、家族の役割や問題、心の傷が遺伝性の病気のように家族間で代々受け継がれるということがわかります。身近な例ではおばあちゃんも離婚し、お母さんも離婚し、私も離婚してしまったという例はたくさんあります。

もともと、私たちが子供として生まれたとき、そこには役割なんてものはありません。しかし、大人になったらわかるように成長する過程で私たちはいろいろなトラブルに遭遇し傷ついてしまいます。そして大抵の両親は傷ついているのです。彼らが大人になる過程でもった傷(トラウマ)が役割を演じる結果となり、その大人が子供を育て、子供はその大人を見て役割を学ぶのです。つまり、家族全体が家族の傷を理解し、癒すためにそのようなプロセスを経ていくのです。家族のメンバーはそういう意味では家族の傷の下にあるギフトを発見する心の旅を続けるわけです。


◎役割はバランスをとろうとする

また、家族の役割はバランスを保とうとします。たとえば、ヒーロー役が際立つと必ずといっていいほど、問題児役が現れます。たとえばあなたがヒーロー役だったとしても、より強力なヒーロー役が出てくると、その役を譲り、別の役割につくことになります。もともとその家族がもっている場のバランスや役割を維持するために、そのような機能が働くのです。
家族のメンバーの中から、そのバランスを崩そうとするメンバーが現れると抵抗にあったり、押しつぶされそうになるのは、このような変化をエゴが嫌うからです。


◎家族の役割はすべての集団で顔を出す

この「家族の役割」は家族の中だけではなく、集団ができるところではどこでも現れます。たとえば、職場、サークル、クラブ、学校などでも、この「家族の役割」が無意識的に演じられています。


例)職場の場合

ヒーロー:トップセールスマンなどの花形社員、リーダー
殉教者:上司の責任をかぶったり、自分が損をすることで会社を守ろうとする補佐役、女房役、右腕
問題児:反抗的な社員、やる気のない社員
チャーマー/マスコット:能力は普通だが、その社員がいると職場の雰囲気がぱっと明るくなるような社員。「職場の花だね」といわれるような女子社員。
ロストチャイルド:窓際族、会社に関心のない社員


こういった役割は、私たちが家族の中でどのような役割を担ってきたのかが原型となり、家族以外の集団に属したときにも、そのパターンが繰り返されるのです。


◎家族の役割を越える

家族の役割の問題は、どれだけその役割を演じ続けてもなんら喜びや楽しさが得られないという点にあります。大抵の方が、役割の上で燃え尽きたり、絶望感を味わっています。それは、役割に人生を支配れているからです。
自分の本質を生きるよりも役割を演じることに忙しくなりすぎているのです。


本質 ⇒⇒⇒ 無価値感・罪悪感 ⇒⇒⇒ 役割という補償行為

人は無価値感や罪悪感などの感情を感じたときに本質をはずれ、役割という補償行為にはまってしまいます。大切なことは、役割で何かを為すのか、本質から何かを為すのかの違いなんです。同じことをしていたとしても、本質から為すのか、役割で為すのかでは、その後に受け取れるものがまったく違ってきます。

たとえば、愛されるために可愛く振舞うのと、自分が可愛いということを認めて可愛く振舞うのとでは、誰かから「可愛いね」と承認されたときの受け取り方が違います。
前者は「演じているんだから当たり前よ」という感覚となり、後者は「ありがとう」と感謝ができるのです。

「役割」の裏側には、必ずその人の潜在意識や無意識にギフトや才能が隠されています。そして、その才能を隠すために役割というふたがかぶさっています。

もし、あなたが役割にはまっているとしたら、次のような質問をしてみてください。

「私はこの役割を演じることで、何を避けようとしているのだろうか?」

「私はこの役割を演じることで、どのような自分の本質を生きなくてすむのだろうか?」
「私は誰からこのような役割を学んだんだろう?」

「どんなことがあって、その役割を演じることを決めたのだろう?」

「その役割を演じること以上に、効果的な生き方、与え方はなんだろうか?」


たとえば、このワークをすると、家族のための自分の人生を犠牲してきた殉教者タイプの方は

「私は殉教者を演じることで、自分の人生を生きるのを避けていた」
「それは、そっか。私の母親もそうだった」
「もし、私が母のように生きなかったとしたら母との絆を失ったり、母の人生を否定してしまうような罪悪感があった」
「だから、母と同じ生き方をして、同じ問題を持つことで家族であることを証明しようとしていたのかもしれない」
「それは私が母を大切に思っていたからだ・・・」
「でも、もしもっと効果的な生き方があるんだとしたら、みんなが幸せになる生き方があるんだとしたら、それは、私が幸せになって、それを母に感謝することかもしれない」

というような気付きがあるかもしれません。

どのような気付きがあるのか、ぜひ試してみてくださいね。


※1 文献によってはチャーマー役とマスコット役を分けて6つと書いている場合もあります。

投稿者 yoshi : 2004年07月14日 14:18

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://1style.sakura.ne.jp/cgi/mt-tb.cgi/167

このリストは、次のエントリーを参照しています: 家族の役割~家族心理学~:

» 無価値感や罪悪感の為に、役割という補償行為にはまってしまうのはなぜ? from カウンセリングスタイル 心理学とカウンセリングを使って豊かに生きる!
前回の記事「家族の役割」で触れた補償行為は子供時代に始まります。では、なぜ『無価値感や罪悪感などの感情を感じたときに本質をはずれ、役割という補償行為にはまってしまう』のか、私の実体験を例にとってお話したいと思います。(^^)...... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2004年07月21日 14:59


コメント

人が『無価値感や罪悪感などの感情を感じたときに本質をはずれ、役割という補償行為にはまってしま』うのは何故ですか?

投稿者 タナカ : 2004年07月17日 02:53

はじめまして、タナカさん、北端です。
別記事を投稿しますので、そちらをご覧ください。素敵な質問、ありがとうございました!

投稿者 北端 : 2004年07月21日 14:16

こんにちは北端さん。やっとこのページ見る機会に恵まれてよかった だけど、なんか気分が悪いきがしますね。

なんかヒットしてるようなきがします。今の家族の中ですね。
感じるのさえやーな感じです。ため息つきそう。

投稿者 蘭 : 2004年07月29日 14:59

コメントしてください




保存しますか?