2003年12月02日
ロイヤル・セブンティーン(1)イキイキさを取り戻す! パートナーや子供は欠けた心の一部
この映画は、バリ行きの機内で見た映画なのですが、簡単にあらすじを。
母子家庭で育った陽気で活発な17歳の女の子、ダフネは、まだ一度も会ったことがない父親に会うため、単身ロンドンに行くことを決意します。
そして、ロンドンで見つけ出した父親は、なんと貴族のヘンリー・ダッシュフォード伯爵。超豪華なお屋敷に住んでいる政治家だったのです。
ダフネは、父と一緒に暮らし始めるのですが、アメリカで自由に育ってきた彼女にとって、イギリスの社交界のマナーにあわせるのが大の苦手!でも、父親に気に入られようと思って、上流階級のしきたりに馴染む努力をすることから始まるドタバタ劇を描いた映画です。
この映画には、ヘンリー・ダッシュフォード伯爵という男性が登場します。彼は現代社会の男性が陥る罠、「義務と役割」にどっぷりはまっています。家系、長男としての役割、伝統など、それに押しつぶされて、本来の自分らしさを失っています。
そんな彼に17年前に自由をもたらしたのが、主人公、ダフネのお母さんだったのです。彼女は自由で制約がなく、自分の人生を自分で選んで生きていました。その彼女を見てとても魅力を感じたのです。彼女に会った時、彼は本来の自分を取り戻したような気分になったのでしょう。
「自由になりたい!」という欲求。これは男性が潜在的にもっている欲求でもあります。家、仕事、会社、家族などなど、責任が増えれば増えるほど、この種の欲求は強くなります。そして、責任感の強い、きっちりとした男性ほど、自分の固さをほぐしてくれるような、崩してくれるような遊び心のある女性を求めています。うつ病になる方にまじめな方が多いのもこのような理由からです。
(逆に遊び心溢れる男性は、ちゃんと自分を管理し面倒見てくれる女性を求めています。^^)
そして、彼女に恋をしたのですが、残念ながらその恋は実りませんでした。
彼女を失った彼は、心の空洞を埋める為に、以前にもましてダッシュフォード家のしきたりに従って生きることとなります。
「ダッシュフォード家の男子たるもの○○○」
こういうのはよくありますよね。長女なんだから、長男だから、上司だから、サラリーマンだから、妻だから・・・。そして、彼は17年後には前以上に義務と役割にはまり、その上で燃え尽きようとしていました。
そんな彼の前に現れたのが自由に育った娘のダフネ。彼とはまったく正反対です。彼が恋をしたダフネの母親のように彼に自由とワクワクをもたらし、はじめは戸惑っていたヘンリーも、次第に遊び心を取り戻していくのです。
彼は選挙参謀のアドバイスに従い、選挙の為に「良いイメージ」作りに奔走しているのですが、そんなことをしている自分が嫌になってきます。「良い私」では無く「本当の自分」でいたいという欲求がどんどん募り、彼は政治家としてのキャリアを捨てて、家族を選ぶのです。
私の先生のチャック・スペザーノ博士は以前このようにおっしゃっていました。
「ハートを失って、どうやって人生という果実を楽しむのでしょう」
パートナーや子供は、自分にないものを持ってきてくれるといいますが、それが良く描かれている映画です。彼にとって、奥さんや娘が、彼の人生を完成させるために必要なイキイキさというパーツだったのです。
P.S. 父親を許せばパートナーやお金が手に入るといいますが、この映画の最後もそのようなシーンで終わります。
投稿者 yoshi : 2003年12月02日 16:44
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