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2002年06月28日

■絶え間ない不安 癒しの物語(6)

彼女の病気についてまだ詳しく知らなかった私は、日本に戻ってから病気について調べました。そして主治医や同じ病気の人からお話を聞きました。すると、とても危険な病気で治療法も確立されていないとの事。
しかも、彼女の場合、突然、心臓弁が破裂し、検査なしの緊急手術だったので準備ができず、大動脈が裂けたままの状態にあることがわかりました。そして、その裂け目は時間と共に裂け、それを防ぐ手立てはないことがわかりました。お薬と安静が一番だと聞かされました。重いものを持った瞬間に裂けるかもしれない。立った瞬間かもしれない。歩いているときに突然裂けるかもしれない。何がきっかけになって悪化するか分からない。つまり、常に死の危険があると知らされたのです。

このような体験をされた方は分かると思いますが、こうなると人間、世の中すべてが危険に満ち溢れているように見えます。外出は危険。5分以上歩いては駄目。仕事も駄目。運動ももちろん駄目。遊び駄目。なにもかも駄目。そして、彼女に電話をしてつながらないときは「もしかして倒れたんじゃないか・・・」と不安になります。「倒れる=発作=血管破裂=死ぬ」そんな図式が頭の中にできあがっていたので、私の心は常に緊張状態でした。常に死の恐れが付きまとっていたのです。私のエネルギーのほとんどすべてがその緊張と恐れをコントロールすることに使われていました。

ここからどうやって抜け出せばいいのか、皆目見当もつかなかった当時の私には、残された人生の選択肢はたった一つのように思えました。それは、
「安全に、リスクのないように生きること」
ですので、この頃の私はすべてに対してスーパーコントローラー(超支配者)でした。彼女の為すことすべてに口を出し、危険のないように、安全であるようにさせたのです。

そのときの私の選択基準は、人生が「充実している」とか「幸せ」だとか、「楽しい」とかではなく、「安全か」それとも「危険か」の判断しかありませんでした。すると人生が「ルール」(して良い事とダメなこと)ばかりになり、「してはいけないリスト」が増えていったのです。そして自分で作ったルールが自らの首をしめる結果となったのです。

最終的にはそんな自分に疲れ切ってしまいました。どれだけ一生懸命彼女のことを考えて、努力をしたとしても、悪くなることはあっても、良くなることはない。現状維持が関の山だったからです。

私だけではなく、彼女自身も人生に対して大きな絶望感を持っていました。それは大きな病気や障害、事故、失敗などをされたことのある方なら誰でも陥る罠です。
「もう、私は今までの私じゃない」
「前のようにはいかない」
「仕事も出来ない」
「旅行にもいけない」
「家の中で静かに暮らすしか道はない・・・」
「こんな私は迷惑ばかりかけてしまう・・・」
「私の人生から、夢も希望も無くなった」

お互いがお互いの不充分さを痛感し、私が自分を責めていると、それを見て彼女も彼女自身を責める。彼女が彼女自身を責めている時は、それを見て私も自分を責めてしまう。完全に悪循環に陥って、そこからどうやって抜け出したらいいのか皆目見当もつきませんでした。

そんな私達に人生の転機となる出会いが訪れたのは彼女が病気になってから約8ヶ月経った頃でした。

投稿者 yoshi : 2002年06月28日 00:00

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